三千石堰
さんぜんごくせき

資料解説

神代家の配分地へ水を送るために城原川に設けられた堰で、堰あげられた水は横落水路へと導かれています。江戸時代に成富兵庫茂安が行った水利事業の一つで、この水利用のため、城原川の流路が西へ瀬替えが行われました。

speaker_notes基本情報

資料の分類 歴史文化遺産 > 建造物・石造構造物 > 河川・水利関係 > 利水構造物 > 堰
名称 三千石堰(さんぜんごくせき)
所在地 神埼町 城原 八子
場所 菅生橋下流
年代 江戸 --年 (0年)
年代根拠 --
指定区分 --
資料番号 2531

speaker_notes詳細情報

構造特徴・概要 城原川の水を佐賀市久保泉地区へ導くために設けられた横落水路の取水施設で、八子地区の城原川に築かれた井樋である。下流への流水量を遮らないよう洗堰とし、3か所に水のがしを設けている。西岸側に象の鼻と天狗の鼻を設け井樋を通り横落水路へ水を導く構造である。堰の上部と南には野越が設けられ、洪水時の水調整が行われている。
三千石の名は、神代家の配分地である久保泉地区は水不足で年貢4000石の負担は苦しく、3000石と称していたことによるといわれる。
現状
背景・由来・伝承
特記事項
規模
材質
製作・建立者 成富兵庫茂安
祭・行事
祭神・宗派
銘文

※1、※2

※1 実際は、多くが縦書きですが、都合上、90度回転させて横書きで表記しています。
※2 ■で表記されている文字は、調査では判明しなかった文字です。

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