櫛田宮(くしだぐう)

2012/03/13

神埼の成立ちと神埼荘

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 神埼荘 総鎮守  櫛田宮

櫛田宮は、神埼荘の総鎮守で、白角折神社、高志神社とともに、神埼荘の三所大明神とされる由緒ある神社です。

祭神は、櫛稲田姫命、須佐之男命、日本武命です。

奈良時代初期に編纂された『肥前國風土記』の「神埼郡」の条に、

「昔者此郡有荒神、往来之人多数殺害、纒向日代官御宇天皇、巡狩之時、此神和平、自爾以来、無更有殃、因曰神埼郡」
(訳:昔、この郡に荒ぶる神がいて、往来する人が多く殺されました。景行天皇が巡行なされた時、ようやくこの神が和らぎました。それ以来、二度と災いは無くなりました。それで神埼の郡といいます。-佐賀県立博物館製『肥前國風土記の世界』より)

とあり、ここに登場する神を祀った神社が、櫛田宮であると伝えられています。

成り立ちとその歴史

歴史をたどってみると、永久3年(1115)鳥羽天皇が社殿を修造された際に、本告道景(もとおりみちかげ)、伴兼直(とものかねなお)が、勅使として都から地方に下り、そのまま永住して、本告、執行両家の祖となりました。

この両家が、櫛田・高志・白角折の三社の宮司職を分けもったと伝えられています。

神埼市の重要文化財に指定されている、平安末期、大治元年(1126年)の古文書は、櫛田宮大宮司職の辞令書であり、その中には、郡内末社の主なものも挙げられていることから、人々に大変崇敬されていたようです。

元寇の折には、社人執行次郎兼行以下数百名が博多湾防衛に出征し(県神社誌要)、弘安7年(1284)には、当社から末社である博多の櫛田社へ宝剣が送られています。

観応3年(1352)、足利直冬が、櫛田宮へ安堵状(保障状)を交付しています。

これは、神埼荘内の神社の支配を許し、神社の所有物に対する守護(役人)の干渉を禁止するもので、このことからも、櫛田宮が手厚く保護されていたことが分かります。

しかし、武士の台頭によって、次第に社領が奪われ、困窮していきました。

江戸期には藩主鍋島氏の保護を受け、社領41石2斗が寄進されたほか(県神社誌要)、祭祀料・修繕費なども支給されました。

このように、神社の歴史は、創建以来1900年余にも至りました。

昭和56年の秋には、1900年記念大祭が、5日間にも渡り盛大に行われています。

櫛田宮にまつわる神話と伝説

1900年余にも及ぶ、長い歴史を持ち、神埼郡の中心的存在でもあった櫛田宮には、様々な伝説が残されています。

その中のいくつかをご紹介します。

1) 景行天皇は御子(ミコ)の日本武命(ヤマトタケルノミコト)を偲び、各地を巡行されました。

そして、櫛田宮に琴を埋め、それが楠となり、「琴の楠」と称されるようになりました。

呼吸を止めて、この古木の周囲を7回半まわれば、琴の音色が聞こえるといわれています。

 

 

 

 

 

2) 境内の北側、櫛田宮裏手にある、石造の酒甕(オロチの酒甕)は、櫛稲田姫(クシナダヒメ)がヤマタノオロチの災厄をのがれ給うた神話の証として伝えられています。

この酒甕には、こどもの初宮詣りのときに、その産毛を納めて生育を祈る風習が残されています。

 

 

 

3) 隔年おきに開催される春祭り(みゆき大祭)で、その先払いをつとめる、尾崎大神楽(佐賀県重民無文指定)。

この尾崎大神楽を伝える、尾崎地区周辺には、大蛇にちなんだ伝説があります。

(太字は、神埼市に現存する地名です。)

「大昔大蛇が住民を苦しめた。鼻は花手に尾は尾崎までおよぶ長さ六丁の大蛇。人々は野寄に集まり協議して、柏原から柏の木を伐ってきて伏部からふすべ(クスベ)た。大蛇は苦しみ蛇貫土居をのがれ、蛇取で退治された。」

(櫛田宮ホームページから抜粋)

蛇取地区には、今も大蛇を祀った蛇塚が残されています。

この伝説から、尾崎太神楽の獅子は普通の獅子舞とは異なり、大蛇を表現したものとなっています。

櫛田宮に残る石造物と絵馬

参道を進むと、変わった形の鳥居が見えてきます。

これは、肥前鳥居といい、天正から慶長年間に作られたもので、肥前と筑前、筑後の一部にしか見られない、珍しい形のものです。

この鳥居は、県内で6番目に古いもので、鍋嶋直茂が佐賀藩初代藩主になる以前の慶長7年に造られたものです。(直茂は、慶長12年に藩主に就く)

 


また、神馬の石馬は、佐賀市与賀神社など、県内でも数例しか残っていない貴重なものです。

神埼市内では、この石馬ともうひとつ、平山天満宮で倒壊した石馬が確認されました。

奉納者として刻まれているのが、女性だけというのも大変興味深いことです。

神馬が少ない理由として、石馬奉納から絵馬奉納へと変わった可能性が考えられます。


こちらは、寛政7年に製作された庚申天です。

基壇は赤石、そのほかは安山岩から造られています。

祠内部には、中央に6本腕の鬼に乗った庚申さまと、左右に花に乗った脇侍の彫刻があります。

基壇には、多数の盃状穴(※)があることから、人々から崇敬を集めていたことが分かります。

(※)安産祈願・病気平癒祈願・五穀豊穣を願う人々が彫った穴

両扉の外側には、花が花瓶に生けてある絵が薄肉彫りされており、内側には2体の天部像があります。

扉は祗園社に保管されていましたが、2011年の祇園社の火災で損傷した為、今は宮司さんの手によって保管されています。

 最後に、佐賀県重要有形民俗文化財にも指定されている御神幸祭絵馬です。

絵馬の大きさは、縦159.3cm、横184.3cmで、縁枠に「安政五戊午(1858年)年八月吉祥日」とあり、「絵師黒川傅助也、奉納者本堀村氏子中、両水馬場若者中」と書かれています。

みゆき大祭の「お下り」の行列を写実的に描写し、練り歩く行列の人々の姿が昔も今もほとんど変わらず、伝えられている事がわかります。

神社こぼれ話

ここで、神埼市の文化財を調査していて耳にした面白い話を、ご紹介したいと思います。

みなさんは、神社に複数の神様が祀ってあるのを疑問に思ったことないですか?

また、お寺の中やすぐ隣にお寺がある光景を不思議に思ったことはないですか?

これには主に3つの理由があります。

1) もともと日本には、八百万の神の信仰があり、それぞれの神様を区別しなかった。それと同じくして、江戸時代までは神仏一体の考えがあった。

2) 昭和~平成にかけて圃場整備が行われ、祀る場所がなくなり、一箇所に集められた。

3) 藩主命令で移動した。

江戸時代、殿様(佐嘉藩主鍋嶋公)の仕事のひとつに、法律や規則を整えることと、神事を執り行うことがありました。

祭と政が同義語だったのです。

この頃の殿様は、仕事のひとつとして、神社参詣を行う必要がありました。

殿様が櫛田宮に参詣するとき、馬から下りて輿(こし)に乗り換えた場所に由来するのが、神埼町内にある「輿立山光蓮寺」です。

当時の交通手段は主に徒歩、乗り物も牛馬や籠で、当然今の世のように交通の便はよくありませんでした。

さらに、神社は藩内のあちらこちらにあったので移動が大変で、次第に行くのが面倒になったのです。

そこで、各地の神社を一箇所に集めるようになったのです。

 

このように、人にまつわる話を聞くと、神社をより身近に感じることができるかもしれませんね。


 

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